【何回呼吸を止めたか】応援席の地獄を知らない夫の声で固まる台所
試合の帰り道、車の中で何も言えなかった夜がある。
あの沈黙が、まだ胸のどこかに残ってる気がして、
声に出してみた。
リビングの温度が、違った
帰ってきて、荷物置いて。
リビングから「どうだった」って聞こえた。
ビールのプシュッて音が、先だった。
子どもの声より、先に。
キッチンに入って、シンクの前に立って、
そのまま、動かなかった。
背中向けたまま。
ステンレスが冷たくて、
ここだけ温度が違う、ってことだけ、考えてた。
月謝の額が、浮かんだまま
ふと、浮かんだ。
月謝。毎月払ってる、あの額。
誰が払ってると思ってる。
誰がスケジュール管理して、送って、待って、
あの子の顔を試合中ずっと見てたと思ってる。
テレビの光が横から見えた。
ソファに座ってる背中。
ビールの缶、膝の横に置いて。
羨ましかった。
あんな顔で座れることが。
あんなふうに聞けることが。
心底、羨ましいし、憎かった。
踏み潰したい、って思った。
言葉にするとそれだけなんだけど、
もっと長い何かが、胸のあたりにずっとあって、
それの名前が分からないまま、キッチンに立ってた。
言う気が、なかった
あんたには、一生、
…言わない。
言えない、じゃなくて、言う気がない。
伝えても何も変わらないことが、分かりきってるから。
全部壊して、って思ったのも、一瞬だけあった。
全部って何なのかは、分からない。
でも確かに、そういう言葉が出てきた。
背中向けてる時だけ、呼吸ができる。
今日だけじゃない、たぶん。
あのキッチンで、シンクを見てる時だけが、
ひとりになれる。
ひとりで何かを決めてるわけじゃない。
ただ、そこに立ってるだけ。
返事、しなかった
リビングからまた声がした。
聞こえてた。聞こえてたけど、返事しなかった。
テレビの音と、ビールの缶の音と、シンクの冷たさと。
全部、そこにあるまま。
何かが解決したわけでも、
何かが分かったわけでも、ない。
僕がグラウンドに立ってた頃、
喉が締まったまま声が出なくなる瞬間があった。
言葉にならないのに、何かがそこに詰まってる感じ。
あれと、似てる気がした。
違うかもしれない。
でも、似てる気がした。
終わってないまま、置いてるだけ。
それだけ。
言葉にすらならない重さを、
どこかに捨てたいと思ったら。
プロフィールの奥に、
誰からの返事もいらない言葉の、
捨て場所を置いてあります。

沖増 茂伸(おきます しげのぶ)
元社会人野球選手。今も、応援席の端にいます。
言葉が出てこなくなる時間や、
判断が止まったまま座っている背中を、何度も見てきました。
このブログには、正解も、意味も、まとめも置いていません。
読んで、閉じて、そのまま残っても、何も起きなくても大丈夫な場所です。
誰にも言えない言葉があるなら。
この先は、誰も見ていない、ただのLINEです。
正解を探す場所でも、何かを変える場所でもありません。
ただ、やり場のない言葉を、そのまま置いていって構いません。
※言葉が出ない時は、今の状態にただ丸をつけるだけのシートが置いてあります。
一人で抱えることに疲れたら。
何も解決しないけれど、ただ口に出して、
飲み込んできた言葉をそのままテーブルに置く時間が、ここにあります。
