【正直きつい】送迎帰りの車内で一人ため息が止まらない
今、この画面を開いているということは、
たぶん、もう寝なきゃいけない時間なのに、
頭だけが、ずっと起きたままで。
布団に入って、
電気を消して、
スマホを置こうとしても、
胸のあたりとか、
お腹の奥とか、
どこかが、ずっと張ったままで。
「明日も、私がやらなきゃ」
その言葉だけが、
静かに残っている夜なんじゃないでしょうか。
金曜の夜って、
なんであんなに、重たいんでしょうね。
カレンダーを見るだけで、
肩が下がる感じ。
週末が近づいてくるほど、
体が、重くなっていく。
朝、目が覚めた瞬間に、
「ああ、今日は金曜か」って。
まだ何も始まってないのに、
もう、疲れてる。
試合の時間、
集合場所、
持ち物リスト、
お弁当の段取り、
帰りの渋滞予想……
頭の中、
もう試合終わってるんじゃないかってくらい、
何周もしてるんじゃないですか?
この先を読む前に、
もし今、思考を止めて、
ただ静かに声を聴きたいと思ったら。
僕の音声を、
一度、流してみてください。
読むのではなく、
聴くことで、
少しだけ、力が抜ける瞬間があるかもしれません。
「応援、楽しみ」と「正直、行きたくない」が、同時に鳴っている
「応援、楽しみ」
「頑張ってる姿、見られるの嬉しい」
そう言ってる自分と、
「正直、行きたくない」
その声が、
同時に鳴ってる感じ。
どっちが本音かなんて、
もう分からない。
どっちも本当で、
どっちも嘘で……
ただ、
体だけが、
「もう無理」って言ってる。
でも、それ、
誰にも言えないんですよね。
「私だけ疲れてる」
「他のママは平気そうなのに」
「母親なのに、こんな風に思うなんて」
そうやって、
また自分を責める言葉が、
勝手に増えていく。
試合が終わって、
車に乗り込んで、
やっと一人になった瞬間に、
「ああ、やっと終わった……」
その安堵と、
「また来週も、これが続く……」
その絶望が、
一緒に来るんじゃないでしょうか。
応援してる”ふり”をしてるわけじゃない。
本当に、
頑張ってる姿を見たいし、
笑ってほしいし、
楽しんでほしい。
でも、
それと、
「私が、しんどい」
それは、
別の話なんです。
ただ、
その「しんどい」を、
どこにも置く場所がなくて……
だから、
また抱えたまま、
次の週末を迎える。
その不安は、母親としての問題じゃない
僕、思うんです。
その不安とか、
体の重さって、
母親として間違ってるとか、
愛が足りないとか、
そういう問題じゃないんじゃないかって。
ただ、
背負いすぎてるだけ。
応援することと、
全部を背負うことは、
本当は、違うはずなのに……
いつの間にか、
全部が、
自分の責任になってる。
試合の結果も、
子どもの気持ちも、
他のママとの距離感も、
チームの雰囲気も……
全部を、
自分が何とかしなきゃって、
そう思い込んでる感じ。
でも、
それが、本当に誰の役割だったのか、
ここで決めなくてもいい。
気づく日もあれば、何も分からないままの夜もあって、
それでも、手が緩む瞬間だけが、勝手に先に起きることがある。
理由は、後からでいい。
たとえば、
野球でも、サッカーでも、
試合中に、
ボールが転がってきたら、
拾いますよね。
でも、
コート全体のボールを、
全部一人で拾い集めようとしたら……
それ、無理じゃないですか?
あなたがやってるのって、
もしかして、それに近いことかもしれない。
全部拾おうとしてる。
全部背負おうとしてる。
だから、
金曜になると、
体が重くなる。
「私が見守らなきゃ」という声は、どこから来たのか
全部を手放すわけじゃない。
ただ、
「これは、私が握らなくていいボールだ」
それが、
一個でも見えてくると、
少しだけ、
呼吸がしやすくなる。
週末が来るのは、
止められない。
試合も、
遠征も、
きっと続いていく。
でも、
その全部を、
一人で抱えて持っていく必要は、
本当は、
なかったのかもしれない。
「私が見守らなきゃ」
「私が支えなきゃ」
「私がいないと」
その声が、
どこから来てるのか、
一度、
そっと確かめてみてもいいかもしれません。
それは、
本当に今、必要な声?
それとも、
もう、
手放していい荷物?
答えは、
急がなくていい。
ただ、
「私、ずっと背負いすぎてたのかも」
その気づきだけで、
少しだけ、
肩が軽くなる瞬間が来るから。
……なんて、
こんな風に書いてますけど、
僕も、現役時代は、
全部自分で背負わなきゃって思ってました。
指導者になってからも、
子どもたちの結果を、
全部自分の責任だと思い込んでた。
でも、
ある時、気づいたんです。
僕がコントロールできることなんて、
本当は、ほとんどなかったって。
雨が降るのも、
打てないのも、
誰かが怒鳴るのも、
全部、
ただ起きていることで。
僕が、
それを「どうにかしなきゃ」と思ってただけだったんです。
その視点に立てた時、
初めて、
肩の力が抜けました。
グラウンドの隅で、
バットの重さを持て余している子どもを見ても、
「私が何とかしなきゃ」じゃなくて、
「ああ、今、そうなってるんだな」
そう思えるようになった。
それは、
冷たいんじゃなくて、
むしろ、
その子を、
一人の存在として尊重することだったんです。
役割を脱いだ、一人の「存在」として
あなたは、
「母親」という役割を、
ずっと演じ続けてきた。
応援する母、
支える母、
笑顔でいる母。
でも、
その役割を脱いだ時、
一人の「存在」として、
ただ、そこにいるだけでいい瞬間が、
本当は、
あってもいいんじゃないでしょうか。
泥の匂いがするグラウンドで、
ベンチの静寂の中で、
あなたは、
何も「しなくていい」時間を、
持ってもいい。
応援しなくてもいい。
励まさなくてもいい。
笑顔じゃなくてもいい。
ただ、
そこにいる。
それだけで、
十分だったんです。
週末が来るたびに、
体が重くなるのは、
あなたが弱いからじゃない。
ただ、
背負いすぎていただけ。
そして、
それに気づいた今、
少しだけ、
荷物を降ろしてもいい。
全部を手放す必要はない。
ただ、
「これは、私が握らなくていいボールだ」
それが一個でも見えたら、
それで、十分です。
もし、どこにも置けないままのものがあったら
この記事を読んで、
「少しだけ、楽になった」
「でも、まだ抱えきれないものがある」
そう感じたら、
一人で抱え込まないでください。
僕は、元指導者として、
そして今は、
「分離した個人の苦しみ」を溶かす対話士として、
あなたの話を、
ただ、聴く場所を用意しています。
解決策を提示するわけでも、
正しい答えを教えるわけでもありません。
ただ、
あなたが抱えてきたものを、
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この記事を書いたのはこんな人

沖増 茂伸(おきます しげのぶ)|ママの心をほどく専門家
元社会人野球選手として10年間、都市対抗野球全国大会優勝など勝負の世界の最前線に身を置いてきました。
引退後、マンツーマンレッスンや個別相談を通じて多くの親子と向き合う中で気づいたのは、「子どもを支えるママ自身が、誰よりも孤独で、自分を責め続けている」という現実でした。
僕の役割は、野球の技術を教えることではありません。
一人ひとりのママが抱える「誰にも言えない本音」を聴き、頑張りすぎてガチガチになった「心の鎧」をそっと脱がせることです。
選手時代の経験と、これまで伴走してきた親子の皆さんの声から、スポーツキッズママ特有の孤独に、一番近くで寄り添います。
「ママ」を脱いで、一人の女性として、ふぅっと息を吐ける毎日を一緒に作っていきましょう。
■ 親子で輝く!スポーツから学ぶ人生変革メッセージ
「行きたくない」と思えた自分を、もう責めないでください。
Instagramで深呼吸できる言葉を届けています。「頑張らなきゃ」で固まった心を、そっと緩める。1人で戦うママへ届ける、お守りのようなメッセージ。
「試合後の子への声かけに迷う…」「つい怒りすぎて自己嫌悪になる…」 そんなあなたの心を整え、親子関係を劇的に変える『自分を許すための整えシート』をLINE登録でプレゼントしています。



