私が「がんばれ」「努力」という言葉が嫌いな理由

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私が「がんばれ」「努力」という言葉が嫌いな理由

 

野球少年と家族を支えるファイナンシャルプランナーの沖増です。

 

あなたは自分の子どもに「がんばれ」や「努力しろ」「向上心を持て」と言い続けていませんか?

 

私は「がんばれ」や「努力」という言葉が嫌いです。

 

自分にそう言い聞かせることも嫌いなので当然ですが、子どもたちにも絶対に言いません。多少言うかもしれませんが「がんばれ!」「もっと努力しろ」などという言葉は言い続けたりはしません。

 

だから当然、今の私は「がんばる」ことも「努力する」ことも「高いレベル」を目指すこともしていません。

 

こう書くと今の私は仕事もせずにだらけて毎日を過ごしているみたいですが、決してそういったことではありません。きちんと仕事もこなしていますし、日々、生き生きと生活しています。

 

では、なぜ私は「がんばる」「努力」という言葉が嫌いなのか?

 

ご存知の方も多いと思いますが、私は小学4年生から30歳の社会人野球選手を引退するまで野球に打ち込んできました。特に中学生、高校生専門学性時代は野球以外のことは「野球の妨げになる」と自分に言い聞かせほとんど排除してきました。すべての人生を野球に捧げてきたのです。

 

中学生、高校生、専門学生の時はとにかく仲間に負けたくなかったし、自分自身絶対にプロ野球選手になると決めていました。常に向上心をもって練習に取り組み、もっと上手になりたい、まだまだ練習が足りない、もっともっと…という思いで日々練習していました。

 

社会人野球選手になってもこういった思いは変わりません。むしろチームのレベルが高すぎて「もっともっと…まだまだ…ライバルに比べたら…」こういった気持ちが強くなるばかりでした。

 

「努力」「根性」「気合」「がんばる」「もっともっと」「まだまだ」…こんな感情を抱いたまま何十年と生活しているとある時、自分の存在価値が見えなくなってしまったのです…

 

自分の価値観、自己肯定感がなくなるのです。

 

これは野球を引退し、今の仕事を始めて数年たった時に出てきました。

 

今までの野球人生で培ってきた「努力」「がんばる」「まだまだ」この考え方が自分を苦しめたのです。この考え方が自分で自分の評価を下げていたのです。

 

どんなに頑張っても「まだまだ」「もっとできる」「足りない」と無意識に思ってしまい、いつしか自分自身で「俺はまだできていない」「俺はもっともっと頑張らないとダメな人間」「ほかの人と比べるとできていない」…そんな思考になってしまっていたのです。

 

自分自身では全く気付いていませんでしたが、かなり自分で自分を追い詰めていたのです。

 

「自分はできない人間」「自分は何をやっても達成できない」「うまくいかない」「運が悪い」「あいつだけ…」

 

そんな「負」の感情が出始めると本当にその通りに人生になってしまいました…

 

だから、今の私は「がんばる」や「努力」という言葉が嫌いなのです。もう私は十分に頑張ってきたし、努力もしてきました。今の自分に必要なのは自分自身を認めてあげて褒めてあげることなのです。

 

頑張るではなく「よくやってる」努力するのでなく「工夫をしよう」「ありのままの自分を認めよう」そういった自分にやさしい言葉をかけてあげています。

 

確かに「がんばる」ことや「努力する」こと、向上心や負けない気持ちも時には大切です。しかし、その言葉ばかりをあなたの子どもに言い続けると、いつしか子どもは「自分はもっと頑張らないとできない子なんだ」「僕はできない子どもなんだ」と思い始めてしまいます。

 

そう思い始めると、今度は周りの目を気にし始めます。「お父さん、お母さんに怒られないようにしなきゃ…」「監督に嫌われないようにしなきゃ…」「友達にどう思われるかな…」

 

何事もバランスが大事です。「がんばる」「努力する」という言葉を使うことは悪くありませんが、それだけでなく子どもをちゃんと認めてあげる言葉も言ってあげてください。「よく頑張ってるね」「無理しなくていいよ」「すごいね」「できてるじゃん」とちゃんと子どもを褒めてあげましょう。

 

そして、あなた自身にも頑張っているあなたを褒めてあげましょう。

 

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