【口角だけ上げる】他の子への嫉妬、張り付く喉

砂埃の向こうで笛が鳴るたびに、思った。

あの子が怪我をすればいいのにって、思った。

それだけだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

声だけ、ここに置いてある。

 

おしぼりが回ってきた。

レギュラーの親が、余裕のある顔で配ってくる。

笑った。

口角だけ。

冷たい布地を手に当てたまま、どこも拭かなかった。

 

スマホを構えた。

レンズの中にグラウンドを入れないようにした。

シャッターは押さなかった。

隣のテントから拍手が沸いた。

また、あの子だ。

 

あの子のフォームを見るたびに、みぞおちの奥に何かが張り付く。

剥がれない。

試合が終わっても、剥がれない。

きれいなフォームだった。

どこを見ても、きれいだった。

 

最新のスパイクの話を聞きながら、うなずいた。

すごいね、と言った。

声に出して言えた。

ピッチの外から笛の音だけが聞こえていた。

うちの子の名前は、呼ばれなかった。

タープの陰で、水筒の氷が溶ける音がやけに大きかった。

 

うちの子より背の低い子が、あの背の高い子の隣に並んでいた。

視線を外した。

また外した。

他の子ばかり、目で追っていた。

 

他の子がゴールを外した。

「惜しい!」

声に出した。

腹の底で、ニヤついた。

拍手をした。

 

砂埃の向こうで、また笛が鳴った。

あっちの家の子に生まれてたら、もっと上手くなってたのかな。

あの子の親の涼しげな横顔から、目を逸らした。

頭の中で何かを言った。

声には出さなかった。

言った。

何度も言った。

 

帰りの車の中。

後部座席で息子が寝ていた。

ルームミラーに、顔が映った。

どうしてあの子みたいな体を作ってあげられなかったのか。

ハンドルを握る手に、爪が食い込んだ。

なんでうちの子ばっかり、こんな…

舌打ちが喉まで来た。

飲んだ。

 

フロントガラスの向こうの、何もない道を見た。

息子の寝顔は、見なかった。

 

エンジンを切った。

ハンドルから手を離しても、指の関節がこわばったままだ…

もし、吐き出さずに飲み込んだ泥があるなら。

プロフィールの奥に、ただ沈めるだけの箱を置いてある。

 

 

 

 

沖増 茂伸(おきます しげのぶ)

元社会人野球選手。今も、応援席の端にいます。

言葉が出てこなくなる時間や、

判断が止まったまま座っている背中を、何度も見てきました。

このブログには、正解も、意味も、まとめも置いていません。

読んで、閉じて、そのまま残っても、何も起きなくても大丈夫な場所です。

詳しい物語(プロフィール)はこちら

 

 

誰にも言えない言葉があるなら。

この先は、誰も見ていない、ただのLINEです。

正解を探す場所でも、何かを変える場所でもありません。

ただ、やり場のない言葉を、そのまま置いていって構いません。

▶︎ 宛先のないゴミ箱として使う

 

 

一人で抱えることに疲れたら。

何も解決しないけれど、ただ口に出して、

飲み込んできた言葉をそのままテーブルに置く時間が、ここにあります。

▶︎ 母親のため時間